エルメスと言えば、高級革製品やスカーフがまず思い浮かぶだろう。しかし、その優れた職人技は時計の世界でも惜しみなく発揮されている。エルメスの時計コレクションの中でも、特に独特の世界観を持つ「アルソー(Arceau)」シリーズ。その中で、伝統と革新が出会うモデルが「アルソー クロノグラフ Ref.AR4.910」である。
このモデルの最大の特徴は、そのケースデザインにある。エルメスのデザイナー、アンリ・ドルニーによって1978年に生み出されたアルソーは、馬の蹄鉄(ていてつ)をモチーフにしたアシンメトリーなケース形状が特徴だ。耳(ラグ)の部分が非対称になっており、その形状はまさに馬が駆ける際の蹄の軌跡を連想させる。ケース径は43mm。ステンレススチール製のケースは、ポリッシュ仕上げとサテン仕上げが絶妙なコントラストを生み出している。
文字盤は、エルメスならではの優雅さを備えている。シルバー opaline 仕上げの文字盤には、斜体のアラビア数字が配置されている。これはエルメスのタイポグラフィーの特徴であり、スカーフや革製品に使用される書体と同じく、流れるような美しいラインを描いている。3時位置には30分積算計、6時位置には12時間積算計、9時位置にはスモールセコンドが配置されている。これらのサブダイヤルは、文字盤の主たるデザインを損なわないよう、微妙な同心円状の仕上げが施されている。
特筆すべきは、クロノグラフの秒針(センター針)と、12時位置のインデックスの色だ。一部のモデルでは、エルメスのトレードカラーであるオレンジがアクセントとして使用されており、それがブランドの遊び心を感じさせる。
心臓部には、エルメスが自社開発した自動巻きクロノグラフムーブメント「キャリバーH1837」をベースに、クロノグラフモジュールを搭載したムーブメントが使用されている。このキャリバーH1837は、エルメスの時計製造における技術力を象徴するムーブメントであり、約50時間のパワーリザーブを提供する。サファイアケースバックからは、コート・ド・ジュネーブやサーキュラーグレイン仕上げが施されたムーブメントの美しい造形を鑑賞することができる。
ブラックのアリゲーターレザーストラップは、エルメスならではの極上の革質と縫製が施されている。そのストラップには、エルメスの象徴である「H」の形をしたステンレススチールのフォールディングクラスプが備えられている。アルソー クロノグラフ AR4.910は、馬具職人としてのエルメスのルーツと、現代の高級時計製造技術が融合した、芸術的な一本である。 |